Animal Hearts Weblog
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感謝して食べるってどういうことだろう?
090104











(動物について思っていることを書き出すと、いつもとりとめのない文章になります・・
 今回もそうです。結果的に、ダラダラと書いてしまいました。 
 でもこんなことを繰り返し書くことで、個人的には、少しでも頭の整理になっていった
 らと考えてます。 そんな感じの文章です!!)

子供の頃から、感謝して食べるって言葉は何度か聞いた気がするけど、
振り返ってみると、そこまできちんと実感してた記憶はないです。
(あんまり小さい頃の記憶はもはやないですが!)

「いただきます」という言葉は、肉にしても野菜にしても、
生命を頂くことに対しての「頂きます」という意味がもちろんあるわけです。
でも振り返ってみると、食材そのものというより、
作ってくれた人(主に母ですが)に対しての言葉だったと思います。
もちろんそれも大事な事だし、そういう意味も含まれた言葉なんでしょうが、
それにしても、野菜や肉に対して、その命に対して「いただきます」
って言ったことなんてあったかな?と思う程です。

畜産動物の現状を知り、「生きた動物が殺されて肉となるのだ」
という事を初めて実感した約10年前、同時に魚も野菜もお米だって、
みんな生命を頂いているのだと、やはり初めてしっかりと実感しました。
でも、じゃあ私の毎日の食生活はどうか、感謝しつついただきますと言っているか?
といえば・・全然なんですよね。。

夕食時にしたって、毎日慌てて支度して、やっと出来た?!とドタバタと食卓につき、
食べる。私なんて、いただきますなんて言ってない日も多々ありそうだ・・。
と、まぁ私はこんな感じなわけです。

感謝ってなんだろうと思う事があります。
なんだか漠然としているのです。

人から感謝される、人に感謝する、ってどちらかというと明るいイメージがあるけど、
肉を提供してくれている動物に感謝する、というのは、何だか違う気がするのです。
いえ、全く違うわけではないのですが、なんというか、
感謝という言葉が都合の良い言葉に思えてしまうことがあります。
私の中ではわだかまりが残るのです。事が大きすぎるのです。
人同士の中では、たいてい誰かに感謝する時、
する方もされる方もお互い優しさや温かさがありそうなイメージです。
でも、例えば牛肉を食べる時、こちらは感謝して美味しく食べて、
じゃあ牛はどうか?感謝されて嬉しいか??感謝されれば満足か?
・・なんてことはないと思うんですよね。殺されるわけですし。
しかも大事に大事に育てられた牛の数は、全体の比率からするとても少ないわけで、
短い一生を辛く過ごす牛の方が圧倒的に多いわけです。

こんな事を考えていると、結局、食べないのが一番精神的に楽になってしまうのです。
私自身、肉を口にすることもありますが、やはり気持良くは食べれないんですよね。
味的にどうこうということではなくて。
いや実際には、食べている間は周りとの会話などを楽しんでたり、
正直な話、美味しいなと感じたこともあったりして、
(これは今の私が、肉を食べる事が特別な時だけ・・つまり、
結婚式とか懐石などの自分で選ばない料理、つまりそのような機会故に、
おのずと高級な肉料理しか口にする事がないからかも知れません)
でも食べた後になって、あー肉食べたなー・・・て思う感じですかね。

自分で捌けるものだけ食べる、という言葉を聞いたことがありますが、
この考え方には共感出来る気がします。

野菜も痛みを感じるのでは?といった意見を見掛けたことがありますが、
それにしても、私は野菜の収穫も調理も気持良くできる。
魚だと、生きた状態でえらの辺をざっくり切るのは勇気がいりそうだし、
かわいそうとも感じるだろう・・
でもやはり鶏や牛や豚の首を切るのは、もっと難しいというか、できないです。
(もちろん生死に関わるような緊急事態を除いて・・)

まぁ私は魚は時々食べますから、上記の考え方にも矛盾が出てきますけどね。

結局は感情論ですかね。(コロコロ考えが変わってる??)
動物が殺されるのを見ると単純にかわいそうと思い、食べたくないと思ってしまう。
感謝位じゃ済まされない気がしてしまう。
これをわがままと言われればそれまでですけどね。

食べ物を選り好みするのは贅沢だと聞いたことがあります。
ベジタリアンも贅沢だと。
これに関しては、私はそうは思わないです。
感情論を抜きにしても、環境問題を考えるだけでも、
肉を食べることの方が贅沢だと思います。
畜産動物の牧場用にと、木々が伐採されて土地が開拓され、
動物用の飼料が大量に生産される。
その飼料となる穀物や野菜さえ食べれずに、餓死する人が溢れるほどいるというのに、
多くの木々・土地・貴重な食料によってやっと作られる“肉”を食べる、
ということのほうが、贅沢なことではないかと感じます。

というか、これだけ肉が溢れて、牛丼・焼き肉・ハンバーガー等々、
安くたくさん食べれるわけですから、感謝してる暇もないというか、
肉から動物を連想させる暇もない感じがします。

昔は卵が高級品だったという話を聞きます。
卵に限らずですが、昔は大量生産がなく、輸送も発展していなかったためのようで、
つまり、今高級品とされている様な平飼いの鶏の卵だったのでしょうね。
金網のケージに詰め込まれて、動けない状態でひたすら餌を食べてひたすら卵を産む、
といった大量生産ではなかったわけです。

肉もせめて高級品になって欲しいと感じます。
特別な機会にしか食べれない様なものになれば、有り難みが増しますよね。

実際に動物を育てて、自分でさばいて食べる・・という状況なら、
自分が食べる肉であった動物を実際に見ているわけですから、
そういう気持ちは自然と生まれそうですね。
でも、ほとんどの人には当てはまらないことです。

ただ、例えばハンバーグを食べる時に、その肉を提供した牛の様子を見せられたら、
どんな気分でしょうか??
それが素晴らしい環境で愛情を注いで育てられた様な牛ではなく、
大量生産での凄まじい飼育環境に置かれた牛だったら、どうでしょうか。
それが子牛だったりしたらどんな気分でしょうか??
なんだか食欲がなくなりそうな気がするのですが・・私だけでしょうか??
そうかそうか、あの牛か、ありがたい!美味しく頂くよ!
なんて明るくは思えなそうです。
そう思うことが悪いと言うことでは決してないですが。

感謝ってなんなんだろう。
動物に感謝する、ということについて、どうも気持ちよい気分になれません。
それは畜産動物だけでなく、毛皮動物にしろ、実験動物にしろ、
人間のための物を作り出す過程で、それらの動物から多くの苦しみが連想されるからです。
せめて感謝すべきだとは思いますが・・複雑な思いです。
感謝いうよりも罪悪感の方が、感覚として合っている様な。(あくまで私の感覚ですが)

息子は今1歳で、まだ肉は食べさせていませんが、
息子は息子として、普通の食生活をと今の時点では考えています。
肉について何か話したいけれど、上記の様なことをダラダラと話して、
食欲を減退させるのもどうかと思うし、牛さんありがとう!と笑顔で言わせるのもなぁ・・
なんて悩んでます。


とりあえず、以上です。
前回の動物実験の時と同様、締めが甘いですが、なかなかきれいな結論は出ず・・
といった感じです!





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【2009/02/05 11:19】 畜産動物について | トラックバック(0) | コメント(10) |
<<人間化を求められる?ペット動物たち | ホーム | 毛皮のために私たちが動物にしていること>>
コメント
こんにちは。
「感謝して食べるってどういう事だろう?」
興味深く読ませていただきました。なかなか奥深くもう哲学的な領域ではないかとさえ思えてきますね。私も以前は、お肉を感謝していただく、と、自分を納得させて食べていましたが、この一年は魚介類を除いてすっかり肉を食べなくなりました。ずっと以前はもうなにも考えず食べていましたが・・。

私は毎週一回サークル活動に参加していまして、そのあといつも皆でランチなんですが、今日は肉を食べない私に、どうしてですか?と沢山の質問がありました。結論は可哀想だからと言うことになるんですが、アメリカ人道協会(HSUS)のサイトの影響もとても大きいです。それは、動物たちにも喜び苦しみ、また悲しみを知覚する能力があるとの主張からです。人間に食べられるために飼育される彼等であっても、本能的には生きていたいでしょう。彼等に言葉が話せるなら 「感謝してくれなくても良いから殺さないでくれ」でしょうか。「感謝していただく」とは、人間が動物たちの命を奪って生きていくことに対する、一種の罪悪感の裏返しかなとさえ思えてきます。

皆さんは、私がアニマルライツの提唱者であることはもうすでに知っているのですが、今日もまた毛皮の話まで及びました。やっぱり語ることは「ファッションのためにだけ」命の毛皮を残酷にはぎ取ることの、人間の傲慢さです。アメリカのオバマ新大統領の宣誓式の時、ファーストレディ、ミシェル夫人が毛皮のコートを着るか注目されましたが、fur-free ムーブメントが少しずつ滲透しつつあるアメリカの空気を反映したように、ミシェル夫人はノーファーファッションでした。

ま、語ればきりがないですが、動物の命の犠牲に感謝して、到底毛皮を着る気になれないのと同じように、本能的には生きていたい動物の肉を感謝していただくのは、私にはもうできないのです。
仲間の人の、肉を食べなければ健康によくないんじゃない?との発言に、年配の方が 「いや、日本人は昔は肉は食べる習慣はなかったよ、それで十分に健康で生きてきたんじゃないか?」と反論して、食文化にまで言及した話し合いにまで発展しました。

話がそれてしまってごめんなさいね。私自身は、なにも考えずに肉を食べる人よりは、きっかけはなんであれ、感謝していただく、人が存在すればそれもよきかな、ですね。なんかまとまりのないコメントで申し訳ありません。いつも貴重な情報発信、ありがとうございます。
【2009/02/06 18:23】 URL | S.Y #-[ 編集]
こんばんは。
先日、自分の記事で紹介させていただいた「フツーの人が書いた黙示録〈 肉食編 〉」を読み返しながら「感謝して食べる」って事は食べる事を前提とした食べる側の身勝手な理屈であると書いてありました。
私自身も同意見です(以前は何も考えずに食べていましたが)
食べられる側(殺される側)が感謝されても恨みや怨念は残りますよね。
自分が食べられる側ならきっとそうだと思うから。
肉食は問題ありすぎですよね。

少なくとも、食べなきゃいけない場面では、残さず食べる事が自然界のルールと考え、食べきるように心がけています。
【2009/02/06 22:19】 URL | サンドゥ #-[ 編集]
Rayさんは「命をいただく」ということについて根源的な問題提起をされていると思います。やはり物事を自分自身の身近な問題に引きつけて考えるのって、とても大事なことですよね。こうした根源的な問題提起に対して、「肉も野菜も同じ命」「命を奪われる時に動物と植物とどちらがより大きな苦痛を感じているのかは誰にもわからない」などと言って抽象的な議論に引っ張り込もうとする人もいるようですが、物事を根源的に考えるということは自分自身の問題として具体的に考えるということでもあると思います。

自分自身はどうなのかって考えてみたのですが、食事の前に「いただきます」という言葉を口にする時、感謝の気持の大部分は食事を作ってくれたカミサンに向けられていたことに気付きました。でも、感謝の気持のほんの一部は新鮮な野菜や穀物、魚介類などを育ててくれる大いなる自然の力に向けられていたようにも思います。

私は今まで「いただきます」という言葉には私たちの命を支えてくれている生き物たちへの感謝の念が込められているのだと思っていたのですが、こうした認識は正確さを欠いているのかもしれませんね。何世紀も昔の人たちは天災や飢饉などに苦しめられた分だけ豊作の喜びもひとしおだったでしょうし、海に潜って魚を獲ったり山に行って貴重な獲物を仕留めた時の喜びもまたひとしおだったのだと思います。そして、自分たちの生死を支配している大いなる自然に対する怖れや感謝の念などが入り交じった思いとともに、これからも食べ物が手に入りますように・・・という願いを込めて、「いただきます」という言葉を口にしていたのではないでしょうか・・・?そう考えると、感謝の気持のベクトルは食料となる動植物に対してよりもそれらを支配していると思われていた豊作の神や海の神、山の神に向けられていたと考えた方が自然なのかもしれません。そして、産業や経済が急速に発達し人々の暮らしが豊かになっていくにつれて、しだいに神々に対する畏怖の念や感謝の念も薄れていって、「感謝していただく」などというご都合主義的なことが言われるようになったのではないでしょうか・・・?S.Yさんもコメントされているように、この言葉には何か罪悪感の裏返しのようなものが感じられます。

食事を前にした時、どんな言葉がいちばんぴったりするのか考えてみたのですが、私の場合、野菜や穀物などを食べる時は「いただきます」、魚介類を食べる時は「ごめん!いただきます」でしょうか・・・?魚介類なら「ごめん!」と言って一思いに殺して食べられるだろうと思うので食べるのですが、食べるからにはその生き物がどんな殺され方をしているのか知るべきだと思いますし、またそのことに責任があると考えています。ですから、魚介類であっても例えばウナギやドジョウなど生きたまま裂かれるものや活け作りにされたもの、イカやタコの沖漬などは食べないようにしています(もちろん旅館などでいきなり出されてしまった場合は残さず食べますが・・・)。食べるということはそうした殺し方を肯定することになりますし、また彼らの苦痛の大きさを考えるととても食べる気にはなれません。

>動物が殺されるのを見ると単純にかわいそうと思い、食べたくないと思ってしまう。
感謝位じゃ済まされない気がしてしまう。
これをわがままと言われればそれまでですけどね。
Rayさんはそのように書かれていますが、私は全然わがままだとは思いません。むしろ「かわいそう」だと思う素直な気持こそが大切だと思っています。そうした気持にフタをして、人が健康に生きるためにはどうしても肉が必要であるかのような根拠のない主張をすることの方が問題だと思っています。

これ以上長くなってしまうと申し訳ないので、またの機会にさせていただきたいと思いますが、私たち現代人が好んで肉を食べるということは、サバンナでライオンがヌーを捕食するということと全く次元の違うことだと思います。経済効率最優先の食肉産業システムが動物たちの命を大量生産し、彼らの生死のすべてを支配し尽くし、大資本の力で需要を煽り立てることによって、天文学的な数の動物たちが利益のためにそこまでやるのか・・・というほどひどい扱いを受けながら日々殺されているという現実。この歪んだ現実を少しでも変えることができるとしたら、私たちの指針となるのは、人類を住まわせてくれている地球という生態系の摂理と、悲惨な生涯を送る動物たちを「かわいそう」だと思う当たり前の感性なのではないでしょうか・・・。


【2009/02/08 20:50】 URL | モー #-[ 編集]
 今晩は。管理人さんや皆様が書かれていらっしゃる通りだと思います。現代人は想像力がとても欠けていると思います。「頂きます」は単なる形式だけのものになっているような…。
、私は、野菜も傷みを感じると思うので、「かわいそうだから」だけでなく、健康とか環境問題とかをひっくるめて、肉食ということに問題があると思います。
 息子さんには普通の食生活をお考え、とのことですが、あれだけ密飼いされて、たくさんの薬品を投入されている家畜動物のお肉は、やはり食されない方がいいと思います。

 にしても、家畜は生きたまま殺されるんですよね。心臓が止まると放血出来なくなるから。情報公開って大事ですよね。きちんと全部知った上で「それでも食べるの?」と聞くと、大半の人が躊躇する、あるいは食生活をい見直すはずです。

 今年はまだ年賀状も書いていないのですが(遅すぎですが…)、丑年なので、そういった食される牛のことを書いて、如月レターとして配ろうかと考えています。
【2009/02/09 18:52】 URL | 月御前 #-[ 編集]
Rayさんおひさしぶりです。今回Rayさんのブログを見ていて本当に私と考えていることが同じだなあと感じました。私はベジタリアンになって一年も経っていませんが、この生活に本当に喜びを感じるとともに、いつも動物を殺すということはどういうことか、ベジタリアンという選択をするにあたって自分はどういう考えをもっているのか日々考えています。しかし答えはRayさんがおっしゃるようにひとことで片付けられないのです。もしだれかになんでベジタリアンなの?と聞かれたらほんとたくさんの時間をかけないと私のこの複雑な答えは語れないのです。
私は今海外に住んでいますが、ほんとこちらはベジタリアン用の食材がいっぱいあってまったく困りません。肉がなくてもこんなにおいしい食事が作れるのになぜ日本の企業は動物のエキスを入れたがるのかまったくわかりません。
日本での窮屈な生活が半年後に待っていると思うとほんと気が重いです。まだまだ日本でベジタリアンというと偏見がありほんとどう対処すればいいかわかりません。ほんと肉を食したくないのに…。
いつも貴重な情報をありがとうございます。これからも応援しています。
【2009/02/10 00:24】 URL | fan #nmxoCd6A[ 編集]
S.Yさん

HSUSのHPに今行ってみました。
PETAは以前よく見ていましたが、こちらは初めて見ました。
今度ゆっくり記事を読んでみたいと思います。

>「感謝していただく」とは、人間が動物たちの命を奪って生きていくことに対する、
 一種の罪悪感の裏返しかなとさえ思えてきます。

>本能的には生きていたい動物の肉を感謝していただくのは、私にはもうできないのです。

>私自身は、なにも考えずに肉を食べる人よりは、きっかけはなんであれ、感謝していただく、
 人が存在すればそれもよきかな、ですね。

共感です!私は以前、肉を食べる時に動物の姿を想像した記憶があまりないのですが、
あったとしても、いわゆる牛乳パックに描かれた牛とか、そんな想像だけだった気がします。
今は肉を見ると、工場での様子や屠殺場での画像・映像が思い出され、
本当に食べない方が精神的に楽といった感じです。
感謝という言葉は、そんなイメージをオブラートで包む様な感じがしてしまったりして。

でもやはりそれでも、確かに何も考えないよりは感謝して頂くのは大事ですよね。
そんな余裕・暇のない人も多いと思いますので。

サークルの方の、「いや、日本人は昔は肉は食べる習慣はなかったよ、
それで十分に健康で生きてきたんじゃないか?」というお言葉はうれしいですね。
そしてそんな話し合いが出来るのも素敵なことだと思いました。
【2009/02/10 05:42】 URL | 管理人 #-[ 編集]
サンドゥさん

肉を食べるということは、動物の怨念を体に取り込むこと・・
といった様な記事か本を私も読んだことがあります。
怨念という言葉は大げさに感じられるかも知れませんが、
それにしても、肉を食べる=健康のため!力が付くため!
といった身体的なことだけではないと感じます。
精神的な部分もありますよね。

>少なくとも、食べなきゃいけない場面では、残さず食べる事が自然界のルールと考え、
食べきるように心がけています。

これには菜食の方の間でも意見が分かれる様で、
決して手を付けない方も多いようです。
私はサンドゥさんと同じく、この様な場面(年に数回ほどですが)では、
極力食べる様にしています。食べれないこともあるんですけどね・・
以前結婚式でローのステーキが出たのですが、ローはなかなか強烈でして・・
全て食べることが出来なかったのを覚えています。
【2009/02/10 06:13】 URL | 管理人 #-[ 編集]
モーさん

>こうした根源的な問題提起に対して、
 「肉も野菜も同じ命」
 「命を奪われる時に動物と植物とどちらがより大きな苦痛を感じているのかは
  誰にもわからない」
 などと言って抽象的な議論に引っ張り込もうとする人もいるようですが、

この様な議論は何度も目にしたことがありますが、正直どうかなと思います。
私も野菜を育てた経験から、ちっちゃな種から日に日に生長していく様子を見ると、
植物の生命力を強く感じるし、価格下落等で大量破棄される野菜の映像を見れば、
本当に心が痛みます。
でも、やはり同じ動物として、動物に対してより感情的になるのは自然なことだと
思うんですけどね。
それに、動物も植物も痛みは同じ・・ならどちらも美味しく食べよう!
というのも私の中では納得出来ないんですけどね。

>感謝の気持のベクトルは食料となる動植物に対してよりもそれらを支配していると
 思われていた 豊作の神や海の神、山の神に向けられていたと考えた方が
 自然なのかもしれません。
 そして、産業や経済が急速に発達し人々の暮らしが豊かになっていくにつれて、
 しだいに神々に対する畏怖の念や感謝の念も薄れていって、 「感謝していただく」
 などというご都合主義的なことが言われるようになったのではないでしょうか・・・?

なるほど・・そうですね。神が食料を与えて下さった、という思いがあったのでしょうね。
そういえばキリスト教や他の宗教でも、食前の神への祈り・感謝の言葉がありますもんね。
宗教のこととなると、またそれぞれ動物についても意味することがあるわけですが。
しかし大昔ともなれば、本当に食料確保は自然との闘いであったわけで、
たとえ神への感謝の気持ちであったにせよ、直接的ではないにしろ、動物にしても植物にしても、
ありがたいという気持ちは強かったでしょうね。

社会が発展し、大量生産で動物も機械的に休む間もなく肉となっていく、
そして動物が肉になる過程、つまりそのような現場で働く人たちは全体のほんの一部であり、
私たちは何も考えずに、動物の現状など考えなくとも、
美味しく肉が食べれる様になっていますからね。
でもこんな社会だからこそ、犠牲となる動物の数は莫大で、
そして彼らの置かれている環境も悪化しているわけですから、
今こそ現状に目を向けなければいけないと感じます。
現状を見ずに感謝というのはあり得ない気がします。

>むしろ「かわいそう」だと思う素直な気持こそが大切だと思っています。
 そうした気持にフタをして、人が健康に生きるためにはどうしても肉が必要であるかのような
 根拠のない主張をすることの方が問題だと思っています。

>経済効率最優先の食肉産業システムが動物たちの命を大量生産し、
 彼らの生死のすべてを支配し尽くし、 大資本の力で需要を煽り立てることによって、
 天文学的な数の動物たちが利益のためにそこまでやるのか・・・
 というほどひどい扱いを受けながら日々殺されているという現実。
 この歪んだ現実を少しでも変えることができるとしたら、私たちの指針となるのは、
 人類を住まわせてくれている地球という生態系の摂理と、
 悲惨な生涯を送る動物たちを「かわいそう」だと思う 当たり前の感性なのではないでしょうか・・・。

とても心を打つ文章でしたので、長くコピペさせてもらいました!

そうですね、結局私も「かわいそう」という素直な気持ちに行きつくことが多いのですが、
この様な感情を主張してしまうと、感情的だとか偽善だとかいった批判を受けがちです。
でもこれこそフタをしてしまっていることだと思います。
それ故大事なことが隠されてしまっているというか。

彼らの生死の全てを支配し尽くす・・この言葉、重いですね。
彼らは一体何なんだ・・となんだか虚脱感です。
大資本の力で需要を煽り立てる・・需要は消費者次第とはいえ、
公然と流される大規模な広告や情報。
その上現状を知る機会は少ないですからね。
まさに歪んだ現実ですね。最後のお言葉、本当にその通りだと思います。


☆モーさん、長くなって申し訳ないなんてこと全然ないです!
 むしろ貴重なご意見を聞くことが出来て本当に嬉しいです。
 これからもよろしくお願いします!

【2009/02/10 08:12】 URL | 管理人 #-[ 編集]
月御前さん

>現代人は想像力がとても欠けていると思います。
 「頂きます」は単なる形式だけのものになっているような…。

そうですよね。想像力が欠けていると思います。
このブログでも何度か書いた気がしますが、タイのマーケットに行った時、
肉売り場は驚く様な光景でした。
豚の頭だけがどーんと置かれていたり、バケツの中に鶏の頭だけが山盛りになっていたり。
鶏は生きたまま購入し、まとめてバイクにくくりつけていたり、
店で丸見えの状態で鶏の首を切っていたり。

正直、見たくない景色でした。
日本ではこんなもの見る必要がありません。
私たちはただスーパーのきれいな肉売り場で、動物の頭も顔も血も見ることなく、
カットされたきれいな肉のかたまりを買って、家で料理して食べる。
または、ファーストフードや牛丼屋、レストランで料理として出された肉を食べる。

何というか、肉は動物云々じゃなくて、食べ物としての単なる肉というもの、って感じですね。
「頂きます」が形式だけになってしまうのも分かる気がします。

タイで目にした様な、生々しいマーケット。
でも、なんだか日本の整然とされたきれいな環境に、時々冷ややかなものを感じます。

息子の食生活については、日々考えています。
離乳食の本を見ると、まぁ早いうちから細かく刻んだ肉がメニューに入っていますが、
とりあえずまだまだ肉は食べる必要はないと思っています。
かなり先のことですが、給食についても疑問はありますね。
一番気になるのが、毎日の様に出てくる牛乳です。
しかも、パンと一緒に出てくるだけでなく、和食でみそ汁なんかもあるのに、
なぜか当然の様に登場する牛乳。これには納得がいかないですね。
戦後に給食が始まった当時、ミルクで栄養をつけるという目的もあったようですが、
今は牛乳なくても十分栄養とれますしね・・。
【2009/02/10 23:29】 URL | 管理人 #-[ 編集]
fanさん

私と考えていることが同じだなんて、嬉しいです♪
なかなか日常生活でこんな話はしませんので、
ブログ上でのこの様なお言葉、とても励みになります。

fanさんはアメリカでしたっけ??
ベジタリアン食材が一杯ですか・・スーパー見学したいです!
楽しいだろうなぁ・・。

>肉がなくてもこんなにおいしい食事が作れるのに
 なぜ日本の企業は動物のエキスを入れたがるのかまったくわかりません。

そうなんですよね・・肉料理だけでなく、
野菜スープの様に野菜が主役なはずの食品にも、肉エキスはよく見かけますよね。
レストランなどでよく思うのは、サラダ・パスタ・炒飯・スープ等々、
色んなものにとりあえずベーコンが入っているなぁと・・・。
なくても十分美味しいんですけどね。

レストランに行ったら、たとえ“野菜○○”なんてメニューでも、
絶対に「肉入ってますか?」と聞く様にしています。
入っていることも結構あるんですよね。
野菜だけでも美味しいのになぁ・・・。

半年でこっちにいらっしゃるんですね~。
日本でももっとベジタリアン食品増えます様に~!!

【2009/02/10 23:38】 URL | 管理人 #-[ 編集]
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